
鈴甲子雄山の六十二間筋兜
兜の鉢は細長い三角形の板を矧ぎ、頭のない鋲で留めて作る。その板金の縁を捻り返して「筋を立てる」ことから筋兜と呼ばれ、
胴丸・腹巻に添える兜として南北時代より現れ始めた。
六十二間筋兜は矧板の数が多く鍛えの良い兜鉢である。
甲冑師明珍派により考案され、戦国時代も末期の桃山時代に入ると
多くみられた。
鈴甲子雄山では伊達政宗公之六十二間筋兜、上杉謙信公之六十二間筋兜、直江兼続公之六十二間筋兜を製作している。



